プロフィール

群青

Author:群青
「禾乃登舗」は、群青による創作小説blogです。

作品
#そでしばり(0-1)

アイコン画像はあぶりだしサーモンさん(pixiv:771891)のフリー素材を拝借しました。謝謝!

contact

Twitter@kanotoho

mail kanotohodzumi@@gmail.com

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

禾乃登舗
穂多からんことを。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

そでしばり #1
1.
 暖房の効いた冬の列車は、乗客を睡眠へと誘ってやまない。
 発車ベルと同時に車両へ駆け込み、景は運良く座席を確保した。鞄から贔屓の作家の新刊を取り出し、深呼吸を一つ、逸る期待を抑えて表紙を繰る。はじめこそ興奮で眠気など興らなかったが、最寄駅まで話に埋没するという決心はどこへやら、講義の疲れと枕木から伝わる振動の心地よさが相まって、二駅過ぎた頃合には景はすっかり熟睡していた。
 聴き慣れないアナウンスで徐に目覚め、寝ぼけ眼のままホームへ降りると、隣県のそのまた隣県の地名を示す看板が目の前に立っていた。終着駅まで寝過ごしたことに軽い眩暈を覚えた景は、時刻表を確認し、ホーム中ほどに設えられた待合室の戸を開ける。無人の待合室は暖房もなく、寒風が絶えず戸を揺らしたが、かえって読書にはうってつけの空間のように景には思われた。
 丁度物語が終盤に差し掛かったとき、戸が開かれる音で景は現実に引き戻された。無粋な侵入者に舌打ちしたい気持ちを抑えながら入ってきた客を見遣ると、高校の制服を着た少女が数人、景を驚きに見開いた目で見つめている。田舎の小さな駅で普段無人の待合室に客がいればさぞ珍しい事態なのだろうと思いながら、じろじろと見合う気まずさから景はすぐさま本の文字列に視線を戻した。少女らも無関心を装う景にすぐさま関心を失い、景とはす向かいにある角の席に並んで座った。皆受験生らしく、勉強や進路に関する悶々として埒のあかない会話がさして広くもない空間に響く。
 普段ならば周囲の会話など気にせずに本に没入できる景であったが、なぜかこの時は文字を強いて追う気もおこらずに、本に目を落としながらぼんやりと少女らの会話に耳を傾けていた。
「私は結局、――大学に決めたよ」 
 突然自らの通う大学の名が出され、驚いた景は言葉を発した少女を横目で探った。少女らの中で最も景と近い椅子に座った、ショートカットの小柄な少女である。マフラーをしっかりと巻き付け、寒さを堪えるように右腕で体を抱いている。紺色の制服に、臙脂色のラインがよく映えた。本に意識を戻そうとして、しかし景はその少女から目を離すことが出来なかった。惚けたようにまじまじと、少女の姿をなす術なく見つめた。彼女の右手が押さえる左腕の袖はゆるく結えられ、あるべき腕の不在を示していた。
 隻腕の少女であった。
 目をそらすことが出来ない景の脳裏を、良心の声が掠めた。じろじろと眺めるのは不謹慎だ、無関心を装え。速やかに目を伏せ、物語に没入しろ。呵責は無意味だった。その声に従うほどの理性は、得体の知れぬ熱を帯びた驚きの前では、最早残されていなかった。かわりに景は、少女に眺めていることを気取られないようにと、本を少し高く掲げ顔を隠す。体温が上昇し、無暗に汗ばむ体に、昂る脈動を必死で抑えつつ、細く深い息を長く吐きながら、景は一刻たりとも少女から目を離さなかった。
 ちらりと、少女が景を見遣り、視線がぶつかった。景は身を固くした。固くしながらも、決して視線は離さなかった。緊張が呼吸を早める。目を逸らせ。顔を伏せろ。少女は景の視線を、無表情を以て緩やかに受け止めた。その対応が示す慣れに、景ははっとした。
――違う、俺はそうじゃない、そうじゃないんだ。
 胸中での弁解はしかし無意味であった。ふと僅かに表情を曇らせると、すぐさま無表情に戻り、少女はあっさりと友人たちとの会話に戻った。景は惨めな失望を禁じ得ず、しかし一方では、少女に気取られたことによる気安さをも感じながら、手にした本に視線を落とした。体温は下がらない。目線を逸らしてもなお、少女を意識から追いやることは不可能だった。電車がホームへ到着するまで、一度もページは繰られなかった。
 少女たちが席を立つと、景は躍起な焦燥を覚えた。少女を、隻腕の少女を、その意識圏から逃すことに対する抗いがたい躊躇いから、何食わぬ様子で少女らと同じ車両に乗り込むと、読書に惚ける様子で座席に座りこんで、視覚を除く五感のすべてで少女を意識した。時折、迎える視線に怯えながらも、背表紙の谷間から、少女を見遣った。相変わらず少女たちは進路の話をしているらしい。彼女は自分と同じ大学に来るのか。自らの想像した光景に、景は呆然とした。あの、学び舎のどこかで、彼女とすれちがうのか。今日のように左袖をゆるく結び、風に揺られるがままにしている彼女と、日常において、日常において! 景は戦慄した。自らを駆り立てるものに気づかぬほど、景は愚かではなかった。自らを超える衝動が自らの中に眠る、その引き金が、あろうことか日常において!
 少女らは一人また一人と駅へ降り、県境に差し掛かるころ、その車両には景と隻腕の少女しか残されていなかった。景は衝動に抗うのをやめていた。ただ、衝動と、恐怖との均衡によって、辛くもその身を保っていたのみであった。
 席を立つ気配に少女を見遣ると、少女は景を見据えていた。景の視線を確信した目つきに、景は耐え難い羞恥を覚えた。少女は減速する車両の中を悠然と歩き、景の前に立った。景は本を膝の上に取り落とし、呆然と少女を見つめた。その視線は少女の視線と交錯していながら、なおもその意識は、結び目の錘を持つ振り子のように、しなやかに揺れる左袖にあった。
「珍しい?」
 小首を傾げながら、落ち着いた声で少女は尋ねた。景は言葉を発せず、乾ききった喉で生唾を嚥下した。手が震える。呼吸が乱れる。脂汗が流れる。それでも、その腕から意識を逸らせない。
 少女はじっと景の目を見据え、ふっと表情を和らげると、今度は鈴のような声で言った。
「左袖、かわいいでしょ」
 息を詰まらせる景を愉快気に見つめ、少女は軽やかに電車から降りて行った。
 景は最寄駅まで一睡もしなかった。ただ、目の前で揺れる左袖が、脳裏に焼き付いて離れなかった。結ばれた左袖、欠けた左腕。糺す落ち着いた声、愉快気な瞳。鈴の音。ホームで翻った、空の布。
 自室のベッドに倒れこみ、景は幾度となく自慰に耽った。少女の左腕を、その残った肢体の切断面を、想像してやまなかった。肌色を切り裂く白い盛り上がり、薄皮に覆われた傷、その周りに染みついた赤黒い痣。その色は彼女の色なのだろうか、彼女の中身の色なのだろうか。泣き疲れ、精根尽き果てて、それでもなお景は少女を、少女の欠けた左腕を想い続けた。自らがひどく汚らわしく醜い存在に思えてならなかったが、少女が巻き起こした衝動は、清らかなる彼をきっぱりと否定した。景は少女との別離に感謝した。同時に、少女との出会いそのものを呪った。自らの醜さを詳らかにする少女の存在が疎ましかった。手の届かぬ日常の果てに、希求し、かつ、不祥なる存在が、永遠に刻印されたことを、喜び悲しんだ。少女が自らの日常に生きることを期待し、かつ、拒絶した。

 その夜、景は、左手の指を、鋏で切り落とす夢をみた。





スポンサーサイト

テーマ:そでしばり - ジャンル:小説・文学

そでしばり #0
 幼少時から、バッタの脚をもぐのが好きだった。
 もいで、それからどうするのかと言えば、何をするでもなく、だた、片脚のバッタを観察するのである。その場から跳ねて逃れることもできない哀れなバッタを、子供らしく罪深くも無垢な瞳でじっと見据え、 地面をのた打ち回るさまをつぶさに眺める。転げまわるバッタが消耗して動かなくなるまで、死骸が蟻によって見つかり、黒い行列によって跡形もなく運び去られるまで、ただ、じっと観察する。
 思い起こしてみれば、幼少時から、彼はそのような子供だったのだ。

テーマ:そでしばり - ジャンル:小説・文学



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。